137 オアシス広場となった鯉野池

鯉野池の写真

鯉野池(柴垣1丁目)
江戸時代の絵図や文書には、「こいの池」や「鯉之池」の表記が使われている。池の中に見られる中の島は、オアシス事業の一環として新たにつくられたものである。

近世初期までにつくられた松原村上田の農業用ため池

 池面に水鳥が浮かび、中の島に羽を休める野鳥。目を水中に向けると、色鯉が泳いでいます。池の廻り380メートルの散策路を何周もウォークする人。浮見堂や展望デッキで語る人― 柴垣1丁目の鯉野池の風景です。鯉野池は、住宅地に囲まれた真ん中に身近に水辺を感じられる市民の憩いの場となっています。
 平成に入って、大阪府では各市町村と連携して、都市に不足する「緑」と「潤い」を求め、ため池を利用して水と緑の調和した快適な環境づくりのためオアシス事業を進めています。現在、府内では30ほどの池が整備されていますが、松原でオアシス構想の第1号となったのが鯉野池でした。平成8年度から工事が始まり、11年3月に完成しました。
 河内松原駅から中高野街道を南下し、新堂側に設置された待機信号を東に入った上田第1会館の南に親水広場が広がっています。池の北入口には、「鯉野池由来記」(平成11年3月)が建っています。現在、鯉野池は柴垣に町名変更されましたが、江戸時代以降は松原村上田に所在し、柴籬神社周辺や中高野街道西側の新堂の田畑を潤してきました。
 文禄3年(1594)から延宝5年(1677)までを描いた上田・新堂・岡からなる「松原村絵図」(岡・松永修氏蔵)に、鯉野池が見られますので、近世初期までにはできていたのでしょう。宝永2年(1705)6月の「河内国丹北郡松原村明細帳」(松永氏蔵)は、松原村に11か所のため池があったと記しています。「ひのか池・松室池・細か池・清堂池・新池・しりの池・下之池・今池・かうしか池・鯉之池・寺池」です。
 ひのか池は上田墓地南側の樋野ヶ池、松室池は松原東小に利用、細か池は河内松原駅前ゆめニティまつばらに利用、清堂池は松原六中北側、新池は増池ともよばれて岡公民館に利用、しりの池は岡の309号線沿いの尻の池、下之池は松原小に利用、今池は新堂に所在、かうしか池は大塚山古墳西側の小治ヶ池、寺池は上田の長尾街道沿いの池です。
 鯉野池は、「松原村明細帳」に「壱町五反五畝五歩」「長九拾三間六寸」「横五拾間」とあります。享保14年(1729)ごろの、「河内国丹北郡松原村庄屋手控帳」(松永氏蔵)にも、「北堤四拾三間」「西堤百三拾六間」「東堤九拾四間七尺」「南堤弐拾六間七尺」と記し、樋が「五ツ」あるとします。今では北堤が上田第一会館や広場に転用され、現在の水面積は6,600平方メートルですので、江戸時代よりは狭くなっています。
 埋め立てられた北堤址には、池の守り神「水天龍王大神」の祠や2体の北向き地蔵尊も地元の人々によって祀られています。
 鯉野池は今では潤す田畑が少なくなり、樋も2つに減りましたが、町会や水利組合などで構成する鯉野池維持管理委員会の下、地域に親しまれるオアシス広場となっているのです。

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