167 元希者ウォーキングの推奨

ポケットパークの中高野街道碑の写真

ポケットパークの中高野街道碑(岡4丁目)

大阪市・熊野街道碑の写真

移された大阪市・高野街道碑(新堂4丁目)

松原から日本橋を目指す 老人センター発九コース

 今年一月、松原老人クラブ連合会は「元希者(げんきもん)ウォーキング手帳」を発行しました。市内にある八つの老人センターを拠点として、歴史街道や健康増進が図れる九つのモデルコースを紹介したものです。

 岡の松南苑、高見の里の高見苑、阿保の松寿苑、天美東の弁天苑・天美荘、南新町の新町福寿苑・つるかめ苑、大堀の恵寿苑からそれぞれスタートして、トータルで東海道五十三次のお江戸日本橋まで五八三・二キロを目指そうという楽しい企画です。歩くごとに老人センターでスタンプを押してもらい、日本橋までの距離に達したら、完踏記念品として、東海道五十三次の手ぬぐいがもらえるのです。

 九コースは、どれも魅力がありますが、このうち最長五・二キロの「松南苑八の字コース」を歩いてみましょう。

 岡六丁目の松南苑は、わが国最古級の古道の一つで、七世紀には利用されていたと思われる竹内(たけのうち)街道(「歴史ウォーク」11)の南側にあります。新池を利用した岡公園・岡公民館の前に、「竹内街道」碑が建っています。西へ向かい、岡橋を渡ると、国道三〇九号線の丹南北交差点に出ます。

 国道は、昭和四十五年に千里丘陵(吹田市)で開催された日本万国博覧会にあわせて、大阪北部と南河内や南大和を結ぶために開通しました。当時、一面の田畑が広がっており、一直線にのびる工事中のルートは、まるで空港の滑走路の観を呈していました。

 北へ行くと、四世紀の応神(おうじん)天皇の時代、朝鮮半島の百済(くだら)から、儒教を伝えたという王仁(わに)の聖堂(せいどう)伝承(「歴史ウォーク」22)を持つ清堂池(せいどういけ)や宮ノ池(みやのいけ)を右側に見て、尻ノ池(しりのいけ)前の交差点に達します。国道は尻ノ池の一部を埋めたてていますが、「尻」という名前からも、清堂池の子池といえるでしょう。

 尻ノ池を右へ市道新堂南線を進むと、まもなく道の北側に道標が見られます。「すぐ阿べ乃神社」「左天王寺 大阪城」「右住吉 さかい」とあります。近代以後の建立ですが、もともとは、大阪市住吉区帝塚山を通る熊野街道に建っていたものが同地の某邸に移され、さらにここへ移転しました。阿部野神社は、明治十五年に南朝(|なんちょう)の忠臣の北畠(きたばたけ)親房(ちかふさ)と子の顕家(あきいえ)を祭神として、道標近くの阿倍野区北畠に創建されました。

 なおも東に向かうと、大阪市平野方面から来た中高野街道にぶつかります。高野山参詣道として、中・近世以降、利用されてきました。松原南小学校の西側には、平成十三年にポケットパークがつくられ、「中高野街道」の石碑が見られます。

 中高野街道を南下すると、再び竹内街道と交わります。北西角の松原南図書館の前に、「左さやま 三日市 かうや道」「右ひらの 大坂道」「左さかい道」「寛政九年(一七九七)六月 いせこう中」の道標(「歴史ウォーク」80)が目に入ります。

 コースは竹内街道を反対の東にとり、立部団地の前を北に向かい、立部公民館を経て、再び中高野街道・竹内街道に戻って、八の字を描くようにして松南苑にゴールします。

 手帳は、各センターで六十歳以上の方に配布しています。家族そろって、松原再発見のウォーキングを楽しんでいただければと思います。