95 東之坊本尊の地蔵菩薩像

更新日:2018年12月13日
地蔵菩薩像の画像

地蔵菩薩像
阿弥陀如来像を本尊とする良念寺(浄土真宗、新堂3丁目)に客仏として祀られている。衲衣を通して、肉身が透き通るかのようである

良念寺に移された平安末鎌倉初の桧の一木造の仏

 現在、本市には宗教法人として40余りの寺院がみられます。しかし、江戸時代の「村明細帳」などによると、市域の各村々には今以上に多くの寺が建てられていました。
 史料に現れているだけでも、浄土真宗大谷派(東本願寺が本山)が28カ寺、浄土真宗本願寺派(西本願寺が本山)が9カ寺を数え、両派あわせて浄土真宗が37カ寺と最も多いことがわかります。次いで、融通念仏宗が9カ寺となっています。他には真言宗が4カ寺、日蓮宗と浄土宗がそれぞれ3カ寺、臨済宗が2カ寺、黄檗宗が1カ寺記されています。これ以外にも、寺名のみが記された宗派不明のものが10カ寺ほどありました。
 江戸時代以降、曹洞宗がみられないことや、当時存在した浄土宗や臨済宗の寺が、今では市域から無くなっていることが知られます。
 このうち、新堂3丁目の良念寺(「歴史ウォーク」94)の東側には、真言宗の東之坊がありました。同寺は、室町時代の永禄年間(1558~69)、柴籬神社(上田7丁目)の神宮寺である観念寺(真言宗)の法印秀盛によって開基されたと伝えています。
 東之坊や観念寺は、徳川氏が豊臣氏を滅ぼした大阪の陣(慶長20年・1615)で焼失しますが、寛永年間(1624~43)に再建されました。両寺とも、摂津生玉(大阪市天王寺区)の桜本坊の末寺でした。しかし、東之坊はそののち廃寺となったことから、仏像や什物の一部は良念寺に移されたのでした。
 良念寺本堂には、平安時代末期あるいは鎌倉時代初頭につくられたと思われる地蔵菩薩像が祀られています。この仏が東之坊の本尊でした。
 本像は、桧の一木造で、像高60センチの立像。もともとは彩色が施されていましたが、今では剥落して古色を帯びています。顔は、両頬から顎にかけて量感があり、張りをもっています。
 体躯には、衲衣という一枚の布を表していますが、下半身に「ひだ」がみられないので、簡素な感じをうけます。現在、国の重要文化財に指定されている地蔵菩薩像は全国で130余像ありますが、「ひだ」を表現しない像は少なく、本像も貴重な例といえるでしょう。
 中高野街道に沿う東之坊は室町時代の創建ですが、12世紀ごろの中央仏師の作と思われる地蔵菩薩像を有力寺院から譲り受けたのでしょうか。
 真言宗総本山の高野山に詣るため、中高野街道を通る人々は、東之坊が管理した同所の十二社権現宮(「歴史ウォーク」33)にお詣りするとともに、お地蔵さまにも旅の安全を祈ったことでしょう。日ごろは秘仏になっていますが、8月23、24日の地蔵盆の2日間だけ開帳されます。

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