169 丹南天満宮の文化財

更新日:2018年12月13日
丹南天満宮の写真

丹南天満宮(丹南3丁目)

「大神宮」石灯籠の前には、人々が力競べをした「力石」も一個、見られる。また、旧本殿・拝殿の木組や「享和元歳」銘の鬼瓦なども保存されている。

市内最古級の本殿・石鳥居 氏子らを見守る石灯籠群

 丹南三丁目に鎮座する丹南天満宮本殿は、桃山時代の様式を残した江戸時代初期の建立として知られています。現存する市域の神社本殿の中でも、最古級の一つです。三間社流造りで、屋根は檜皮葺(ひわだぶき)、全体に丹塗りを施し、東面しています。

 元文五年(一七四〇)四月に書かれた「丹南村明細帳」には、祭神は天神・天照大神・春日大明神とあります。天神、つまり菅原道真をはじめ、皇祖神の天照大神、中臣氏の祖で春日神である天児屋根命を祀るのです。当時の境内は「東西参拾五間、南北拾五間」とあり、本殿屋根は瓦葺に変えられ、神主はいないと記されています。

 昭和五十四年(一九七九)に本殿の解体修理工事が行われましたが、この時、北側面の浜床の縁板底に、享保八年(一七二三)三月の大工墨書が見つかり、床などの修理が行われたことがわかりました。さらに、幕末の安政二年(一八五五)には、本殿の彩色をきれいに塗り変えたという棟札も見つかりました。

 昭和の修理に際して、その時の瓦葺から、創建当初のものと考えられる檜皮葺に戻されました。しかし、三十年経って檜皮の傷みが激しくなったことから、平成二十二年九月に檜皮が葺き替えられ、今見るような姿によみがえったのです。

 ところで、丹南天満宮で特筆されるのは、古建築の本殿だけではありません。境内入口に建つ石鳥居は「延宝七巳未年」と刻まれ、江戸時代前半の延宝七年(一六七九)に建てられています。これも現存する市内の石鳥居の中で、最古級のものです。他にも、末社の稲荷神社前には天明五年(一七八五)の石鳥居があります(「歴史ウォーク」168)。

 延宝鳥居の横には、一列に七基の石灯籠が並べられ、壮観です。南側から「天満宮 御神燈」(二基)、「天照皇大神宮 神燈」、「愛宕山大権現 神燈」、「金毘羅大権現/常夜燈/享和元酉年九月」「秋葉山大権現/常夜燈/享和元酉年九月」「大神宮/常夜燈/村内安全/文久三亥年十一月吉日」と見られます。

 現在、天満宮境内は玉垣で囲まれていますが、以前は鳥居の両側は土塀が続いており、石灯籠の多くは、土塀に沿った東側道路に並べられていました。

 享和元年(一八〇一)の二基の石灯籠は、水の神様である金毘羅大権現と、京都の愛宕山大権現と同じく、防火の神様である秋葉山大権現を祀っています。また、天照大神を祀る「大神宮」の伊勢燈籠は、幕末の文久三年(一八六三)の建立で、「村内安全」のシンボルとなる常夜燈だったのでしょう。

 これらの石灯籠には、暗くなると火がともされ、丹南村の氏子たちの安全を見守ったのでした。ちなみに、享和元年という年は、瓦葺であった旧拝殿(本殿と同時に解体)の鬼瓦に「享和元辛酉歳 正月吉日」の銘がありますので、同年にも拝殿が修理され、石灯籠も奉納されたのです。

 拝殿前には、一対の石造狛犬が安置され、台石に「文化八辛未歳八月吉日/氏子中」と刻むように、文化八年(一八一一)の作です。各時期ごとに、氏神が守り続けられているのです。

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